2016東京国際映画祭 コンペティション部門 作品感想(西欧編−2)

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2016TIFFコンペティション部門の感想も、とうとう最終回です。

ドイツからの作品は、クリス・クラウス監督のワールド・プレミア!

(今回の感想はほとんど個人語りになりますが、ご了承くださいませ)

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『ブルーム・オヴ・イエスタディ』 ドイツ人が向き合うホロコーストの記憶

 

一般的に、映画の見かたにはふた通りあると思います。

       1、現実とはかけ離れた世界を堪能する。

       2、映画を自分の人生に照らし合わせる。

昔は、私はひとつめの方法で映画を見ていました。ハッピーなこともダークな世界も日常とはかけ離れた世界として、「どうせ映画でしょ」と思いながら。

でも、人生経験を重ねた大人になってから、映画を観ながら自分の生き方や選択、考え方を見直すようになりました。もちろん、そんな見かたをしたところで答えが出ることばかりではないので、精神的につらくなることはあります。けれども、鑑賞の機会が増えるごとに、自分を客観視したり、自分だったらどうするかを考えるようになりました。

『ブルーム・オヴ・イエスタディ』は、どちらかというと鑑賞経験の少ないドイツ映画だったのですが、コンペティション部門の中で一番、「自分のこと」として考えさせられた映画でした。

 


『ブルーム・オヴ・イエスタディ』記者会見 “The Bloom of Yesterday” PC

 

私は幼少期、自衛隊の基地がある街で育ちました。

引越しをしたり進学の為に実家から出るようになったりしてだんだんその土地から離れるようになり、自分の中ではちょっと昔のことになりつつあります。

しかし、私がその街で育ったことは紛れもない事実であり、時々ハッとするような記憶が蘇ってきます。嫌がらせをされたわけではありません。けれども、基地のない地域で暮らしている人とは、基本的な感覚が全く違うのです。

記憶の中の当時の日常生活では、ヘリコプターや飛行機が飛んでいるのが普通です。演習空砲のための地響きや揺れにも特に驚きません。友達の家に遊びに行くと、唐草模様のヘルメットや男性用ブーツが常に玄関にありました。

私の父は自衛隊員ではありませんでしたが、その地域の半数以上は自衛隊員とその家族が生活しており、戦時中でないにも関わらず、そういった空気感を想像せざるを得ないような場所でした。大きな体の米兵が怖くてたまらなかったし、大人の世界も独特だったように思います。

 

他の場所で暮らすようになって、地震や騒音に全く動じない自分に気づいた時、あぁ、私は基地のある街で暮らしていたからか…と思いました。

同世代の仲間たちはアメリカの音楽や映画が大好きで旅行や留学に行っていましたが、私はアメリカが苦手でした。友人らにはこの話をしていませんが、多分幼少期のトラウマだと思います。直接何らかの被害にあったわけでもないのに何故?とは自分でも思います。でも、どういうわけか、私はずっと英語が嫌いでした。

また、私は子どもの頃ピアノを習っていました。少し上達すると長い曲を練習するようになるものです。だけど私は、なかなか1曲を通して練習することができませんでした。親に呼ばれたらすぐに練習をやめるように、しつけられていたからです。もし何かがあった時、「キリが悪いから」という理由で逃げ遅れたら死ぬよ、という教えからでした。だから、私は今でも、仕事中どんなにキリが悪くても声をかけられたら止めることができます。

小さな違和感や体験がサブリミナル効果的に積み重なっていき、少しずつ私の中の何かが壊れていったのではないか…何となく今はそんな風に考えています。この経験をしていない人には多分伝わらない、マイノリティなこの感覚を、多くの人に理解してもらえるとは思わないので、これまで人に話したことがありません。しかし、基地がある土地の人々の被害とか騒音の裁判などをニュースや新聞で見かけると、一部の人の話なんだけど、やっぱりありえるのだよなぁ、と胸が痛くなります。

第三世代の私たちは確かに戦争は知りません。しかし、意味不明な心の闇を引きずっている層が実は存在しているんじゃないか、という感覚はあって、これをいつか自分なりにクリアしたい…と、ずっと考えていました。

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「絶対に受け入れたくないこと」の研究者になろうとしていたザジ(『ブルーム…』のヒロイン)の心境を想像すると、何とも切ない気持ちになります。

第三世代ともなれば、もう負の遺産を知らなかったことにしたい人や、昔のことと思っている人も少なくないと思います。そんな中でホロコーストの研究をしようとするのには、深い理由があったはずです。彼女の生い立ちや環境までは、映画の中で説明されていませんが、何らかの影響を受けて素っ頓狂な性格になってしまったような気がします。

 ザジはエキセントリックな性格で、おそらくトト(主人公の男性)に出会う前から、奇天烈で人との関係を築くのが難しそうな感じの人です。しかし、私はそういう人が嫌いではないので、この映画のザジも興味深く見ていました。私にはむしろ、ザジやトト(主人公の男性)のクレイジーさがわかるような気がします。彼らが受けている心の傷は祖父母のことだけでなく、彼ら自身が体験してきた爪痕から派生した結果のように思えたからです。

そして、それが描かれているからこそ、私はこの映画に強く惹かれたのでした。

同じ体験をしているわけではないので「共感」とは思っていません。ただ、見ないようにしていたことに気付かされた気持ちになりました。そして、それははじめての映画体験でした。

いつしか映画は私の中で「単なる娯楽」ではなくなりました。

映画はよく窓に例えられますが、私はただ窓の外の景色を見て楽しんでいる映画ファンではありません。映画というドアを開いて中に入っていく…映画を通して人生を変えていくような人になりたいと思っています。

映画や歴史を人ごとにせず、自分のこととして感じ、考える。

その意味を噛み締めながら、リアルな世界を豊かなものにしていきたいのです。

 

『ブルーム・オヴ・イエスタディ』は、自分のこととして考えることのできた、忘れがたい作品です。

 


『ブルーム・オヴ・イエスタディ』Q&A “The Bloom of Yesterday” Q&A

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TIFFコンペティション部門の感想を特別バージョンで書いてみましたが、とうとう最終回となりました。

つたない文章をお読みいただき、ありがとうございます。

これからどんな風に映画に向かい合って行くか、ゆっくりと考えていきたいと思っています。 

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