【特集】アッバス・キアロスタミ監督作品に浸る

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私はブドウの皮をむいて食べるのが好き。

だけど、最近のブドウときたら、種がなく、皮が薄いものが多い。ブドウ好きの母は、皮ごと食べられるブドウを喜んで食べている。…それが普通だろう。どう考えても、皮をむく手間がない方が食べやすい。それはわかっているのだけれど、どうしても私は皮をむきたい。家族の中で、そんなことに固執するのは私だけである。むいた皮はゴミになるし、見た目が汚い。しかも、食べるのに時間がかかるため、その頑固さには眉をひそめられてしまう…。

繰り返しになるが、皮ごとブドウを食べないのは、”むいて食べるのが好き”だからである。何と言ってもブドウの味や香りが好きだし、上手くむけると嬉しい。思うようにむけない時のイライラも含め、「ブドウを食べる時間」が楽しいのだ。その時間をできるだけ大切にしたい。そんな風に考える人は、ほとんどいないだろう。でも、効率の悪さに潜む幸福を見つめたい人は、きっといるはず…。

キアロスタミ監督の映画について考える時、効率の悪い自分自身についても考えさせられる。無駄な努力の行方は無惨なこともあるけれど、何とも言えない共感に、胸が高鳴る。
これまでに鑑賞したアッバス・キアロスタミ監督作品を振り返りながら、その世界に浸ってみたい。



そして映画はつづく

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Ⅰ. 行けないかもしれない世界への憧れ


イランの映画を観たいと思うのは、イランが遠く、行きにくい国、ということもある。知らない国を知る機会はインターネットか本くらいしか思い浮かばないが、映画を観た時、これが一番わかりやすい!と思った。

以前働いていた職場で、中東に旅行に行った同僚Aがいた。彼女はCAを目指していたこともあり、英語が胆嚢な上、旅慣れている。彼女が帰国し、現地の砂を持ち帰ったという話を聞いて、別の同僚Bは、その砂を欲しがった。自分はその国には行けないだろうから、少し分けてもらえないか?と。
後日、AはBに砂をあげていたのだが、「どうして行けないって決めつけちゃうのかしら」と、つぶやいていた。長い人生、よほどの高齢じゃない限り、どんなチャンスがあるかわからない、と言うのだ。

だが、私は思った。20代のAと40代のBでは、時間の感覚が違うのだ、と。Aの考えはもっともだと思いつつも、人生も半ばを過ぎると、行けないかもしれないという気持ちの方に共感してしまう。行ける時間や費用があったとしても「中東」を選ぶかどうか…。海外旅行のチャンスがあったなら、他の国・地域を選ぶ可能性の方が、高いのではないか…。

また、戦争やパンデミックな状況など、海外旅行のタイミングが悪い時がある。持病持ちの私は、簡単に海外に行けないという個人的な状況もある。残念だけど、私もまた、中東に行くのは難しい人なのだ。
遠い国への憧れを満たしてくれるのは、やはり映画なのである。


Ⅱ. 子どもへのまなざし

幼い頃の私は、相当わがままな子どもだったらしい。欲しいものがあると絶対に妥協せず、お店の床に寝っ転がって泣き叫んだそうだ。(←3歳頃) 記憶にはないが、我ながら、何とも私らしくて笑ってしまう。

年齢的にはもう少し上だが、頑固な子ども心を描いた『トラベラー』は、キアロスタミ監督作品の中で、最もわかりみが深い作品である。


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『友だちのうちはどこ?』も、自分なりの正義を貫くお話。子どもは親の所有物で支配下にあると思ってるっぽい大人たちの中、自分の考えを曲げず、何とか友だちを助けようとする姿にホロリとさせられる。


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『ホームワーク』は宿題をやってこなかった子どもにインタビューするという、異色ドキュメンタリー。宿題をやらないのはよくないことだけど、説教目的ではない。やらない(やれない)背景に迫っていく感じに胸が締めつけられる。子どもに恥をかかせるような目的ではなく、大人に対する警告のような作品。


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『そして人生はつづく』にも子どもが登場する。『ホームワーク』の学校が男子校であることから、おそらく学校は性別を分けてあるのだろうなと思うのだけど、女子も平等に教育を受ける機会があるのか、少し心配になる。この作品では、女の子たちが家事を手伝う姿も見ることができる。(女の子たちがメインの作品ではありません)


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Ⅲ. 不便さを超える熱量

苦しくったって、悲しくったって、コートのなかでは平気なの…と、鮎原こずえが歌っていたように*1、デメリットを超えた喜びに価値を見出す層は、存在すると思う。私だってそうだ。めんどくさくても、時間がかかっても、自分で皮をむいたブドウは美味しい。

キアロスタミ監督の映画にも、不便さを苦にしない雰囲気が立ち込めている。時代や地域性もあることは否定できないが、おそらくこの地域の人々は便利さによる快適さより、貴重な体験を大切にしているような気がしてならない。


『オリーブの林を抜けて』は、長い時間、長い距離、好きな女の子を追いかけ続けるお話。ストーカーっぽい彼は100%無理かもね、と女の私的には思うのだけど、はっきりとした結論が描かれていないところに、キアロスタミ監督のまなざしの優しさを感じる。


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『友だちのうちはどこ?』の少年も、友だちの家を知らないのに何時間も訪ね歩き、自宅へ戻るのは夜になってしまう。私ならあきらめてすぐに家に戻ってしまいそうなので、根気強い彼には脱帽。きちんと想いを達成するところがスゴい。


『そして人生はつづく』、『桜桃の味』は、目的地がはっきり決まっている訳でもないのに、半日以上の移動が全く苦になっておらず、「目的」への思いの強さが感じられる。


郷ひろみも歌っている。”会えない時間が 愛育てるのさ”*2、と。
”育てる想い”って素敵だと思う。


Ⅳ. 頑固さと素直さと心強さと

『風が吹くまま』の頑固さったらない。企画が通ったからと言って、全てが自分の思い通りになるなんて傲慢すぎる。正直、半分ぐらいは苛立った。だが、ふと思った。おそらくイスラム教の地域なのに、宗教色がちっとも濃くない…。こうするべき、こうあるべき、と人間が正しさを強要してくる感が全くないのである。自然の摂理のように、”受け入れる”ということを主人公と共に、考えさせられる。


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『桜桃の味』も、宗教的な正解が押しつけられるような感じはしない。生死が関わる物語でもあり、見習い神父も登場するが、”正しさ”を結論づけるような人間は登場せず、自分の答えは自分で決めるよう、導かれる。


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『トラベラー』『友だちのうちはどこ?』の子どもたちの頑固さも見事である。だが、単なるワガママとは、ちょっと違ったニュアンスが感じられる。大人の立場も理解していて、従順なだけの子どもではない。その頼もしさって、心強い。


Ⅴ. そしてキアロスタミはつづく…


キアロスタミ没後5年___デジタル・リマスター版で特集上映決定!
【 東京・渋谷、ユーロスペースにて】
 10/16〜11/5



映画館でのスクリーン鑑賞は、特別な映画体験となるに違いない...(武者震い)

キアロスタミ監督作品はスクリーン鑑賞すべき映画だと思う。そう思いながらも、上映される機会はないだろうと思い込んでいたので、VOD( Amazon Prime Video)で観るしかない…と渋々自宅で観たばかり。だが、来週から特集上映が決まったとのことで、思わず歓喜の悲鳴をあげた!
スクリーンで、あの美しい映像を堪能できる幸せがすぐそこに…!

Ⅵ. まとめ 〜アッバス・キアロスタミ監督の世界に浸る〜

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人間ドラマと映像美、独特の世界観を持つキアロスタミ監督の映画作品に、すっかり魅了された。どんな物語か知っていても、何度も繰り返し観たいと思う映画には”味”がある。何度も繰り返し食べたい名店の料理のように、感動の記憶を何度も繰り返したい。サブスク全盛期に映画館に行き、しかも観たことのある映画をまた観るなんて馬鹿げてる、と思う人もいるだろう。でも、手がかかる、面倒くさいことを積み上げていくことにこそ、私は価値を感じている。私とキアロスタミ監督の関係は(一方的なんだけど)、まだまだ始まったばかりだ。

私はブドウと同様、栗の皮をむいて食べることも好む。
甘栗をむいちゃった商品もあるけれど、お願いだから むかないで。むいてある栗は買いません。手っ取り早く食べなきゃいけないほど、急いでいないから…。冬のおこたで天津甘栗に格闘するひとときは、至福の時間。

キアロスタミ監督の映画は、これからもちびちびと再鑑賞しながら、深読みしていきたいと思っている。イランという国を知りながら、書籍で解説を読みながら、何度も何度も繰り返し作品に触れて、自分の手垢が愛着となるような映画体験を楽しんでいきたい。


*1:テレビ漫画「アタックNO.1」オープニングテーマ

*2:「よろしく哀愁」作詞:安井かずみ 作曲:筒美京平