2016東京国際映画祭 コンペティション部門 作品感想(西アジア・東南アジア編)

アジア映画好きの私にとって、この界隈の国の映画公開が決まったら、チケット入手にダッシュします。劇場公開されるかわからないから必死なのです。

近年のトルコ映画イラン映画はクオリティが高くなってきているように思います。TIFF常連(?)、トルコのレハ・エルデム監督の世界観には期待大! イラン映画はそれこそ映画祭でしか観られないかもしれないので絶対。 フィリピンも良いんですよね…。初めて観るジュン・ロブレス・ラナ監督作品も楽しみです。

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ビッグ・ビッグ・ワールド』 何とも美しい、トルコの映画

兄と妹が一緒に暮らせない、という不条理から物語は始まります。映画の中、もしくはリアルな日常生活の中で、不条理のない社会は考えられません。精神的な苦しさにもがきながら、私たちはそれに立ち向かい、どのように生きるべきなのでしょうか。映画を観ながら、私はいつもそれを考えてしまいます。

人によって映画は、現実逃避をしてリフレッシュするエンタメかもしれません。でも、私にとっての映画はそうではなく、お経とか祈りとか…ある種修行のように向き合うものであり、それを実際の生活の中で自分の問題と置き換えて試してみることがあります。そんな人はあまりいないので、周りの人を驚かせることにはなりますが、「私は変わってるのよ」と、すましています。

そんな変わり者の私がうっとりと映像を堪能するのは、アート系の作品。大きな広い世界に生きる、人間をはじめとする大小の動物たちや昆虫…。まるで箱舟に乗り込む生き物たちのようです。迷うのに、困るのに、森に逃げずにいられない人たちに、いつしか自分の姿を重ねてしまうのだと思います。

思いの強さと、どうしようもなさ。アート系と言っても、アピチャッポンを観ている時とは全然違う感覚があります。また、これまでトルコ人のことを「理詰めでものを考える、真面目な顔をした人たち」と勝手に決めつけていましたが、もちろん国籍だけでひとまとめにすべきではありません。

切羽詰まった状況だからこそ見える、独特の景色や感情が、夢のように混じり合い、観る者を圧倒させます。

 


トルコの鬼才レハ・エルデム監督 『ビッグ・ビッグ・ワールド』記者会見“Big Big World”PC〈Competition〉

 

誕生のゆくえ』 イラン映画、万歳!

メルボルン』の劇場公開が決まらなかったことで、イラン映画は確実にプレミア感が増しました。ですが、一部のマニアックなファンだけでなく、映画ファン以外の人にも「見たことも行ったこともない国」に興味をもってほしいと思い、やたらとイラン映画の素晴らしさを周囲にプッシュしています。

まず特筆すべきは、この映画は命がけで作られているということです。検閲の厳しい国では、掟を破るとどういう目にあうかわからない…そのリスクがわかっていながら作らずにおれない気持ち、映画魂を、応援せずにはいられません。

この映画は女性の自立や中絶といった、これまでタブー視されていた問題を取り上げています。これまで私が観てきたイラン映画では(そんなにたくさん観ている訳ではありませんが)、女性はいつも男性を立てる役回りでした。

この作品のヒロインは、舞台女優です。自分の気持ちに十分向き合い、夫に自分の考えを打ち明け、それを押し通すために命がけで抗議するまで変わっていきます。もちろん、わがまま放題に自分勝手を主張しているのではなく、彼女なりにそれまで夫を立て、合わせてきた過去があります。けれども、人前で演技ができる程度胸のある彼女が、夫から逃げ隠れしながら逃亡するほど悩み、自分の気持ちに決着をつけるのです。自分の意思を押し通す難しさを心得ている女と、女が折れてくれることを期待している男…国は違えど、これは今の日本にも当てはまる状況なのではないでしょうか。

いくら不満があったとしても、それを堂々と口に出して実行できる女性は、まだまだ少ないでしょう。でも、これはおかしいんじゃないの?という意見が世の中に出回るようになり、社会現象が起き、何かが大きく変わり始めました。このエネルギーを「所詮女だろ」で、片付けてほしくはありません。

同時に、女性がここまで自己表現できるようになり、経済的に自立するようになると、ひとり取り残され、茫然と立ちすくむのは男性の方です。女性の自立と共に、男性の生き方をも問うているように思えます。

 


誕生のゆくえ - TIFF29thコンペ予告編

※ イランにも可愛い猫がいたり、韓タメファンがいたりすることがわかり、めっちゃ嬉しかったです ♪  

 

ダイ・ビューティフル』 愛すべきフィリピン映画

フィリピン映画に興味を持つようになったのは、「初めて観たフィリピン映画」が面白かったからでした。何年も前に、しかも1回しか観ていないのですが、『マキシモは花ざかり』という作品に、心を奪われたのです。実はこれもゲイの物語で、それまでLGBTに関する理解の薄かった私なのですが、はじめてそのテーマで感銘を受けました。

同性愛者に限らず、世の中には差別や偏見、イジメに苦しむ人は、この世に大勢います。人間は「自分と違った人」を排除したがり、違いを受け入れられない人が、攻撃的になるような気がします。少数派の人たちは、どんなに強く振舞っても、なかなか立ち上がってそれらの人々に勝つことはできません。

マイノリティ感満載の作品は心の傷がクローズアップされすぎるので、見るのもつらい気持ちになってしまうのですが、『マキシモ…』はストーリー展開が実に見事です。面白い上に最後は清々しい気持ちになり、あの爽快感はなかなか味わえないよなぁ…と、思い、忘れられない作品のひとつなのです。

 フィリピン映画には同性愛をテーマとしているものが少なくないので(日本に入ってくるのがたまたまそのテーマなのかもしれないけれど)、このテーマは私にとって新しくはありません。けれども『ダイ・ビューティフル』には、驚かされることが色々ありました。

まず、『マキシモ…』から10年以上も経っているのに、世の中があまりにも変わっていないこと。LGBTの人たちが自分らしく生きるのは、まだまだ難しそうなこと。好きな人(家族(特に親)や憧れの男子)に、全く理解してもらえない苦しみは、一生続くということ。一方で、「少数派の自分らしさ」を認めたり、手を差し伸べてくれる人が、映画の中できちんと描かれていたこと…

彼女らは、親、子、恋人といった、本来一番大切な存在と、本物の関係を築くことがなかなかできません。しかも、どんなに着飾っても、化粧をしても、本物の女ではないのです。

しかし、そんな苦悩の中、ヒロインは強い自己肯定感で自分を奮い立たせます。心の傷に向き合うだけでなく、自分らしさに自信を持とうと努力する姿は、女性の私から見ても十二分に美しく、拍手喝采したくなるような、力強い人生です。

マキシモ…』とは違うテイストの作品ではありますが、本作も説得力のある、力のこもった作品です。好きなフィリピン映画がまたひとつ、増えました。

 


『ダイ・ビューティフル』記者会見 ”Die Beautiful” Press Conference

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