会話のない友情 〜映画ファンは人見知り〜

今、目の前を横切った男性に見覚えがある。

ミニシアターで自分の席の前列を歩く人の姿に、思わず目を見開いた。
矢田部さんだ!


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予告編が始まろうとしていた。
場内は暗くなりかけていたが、私の席と同じ列に座る観客が自分を含め、4人いることが瞬時にわかった。私以外の3名も、私と同じ心境らしいことに気づいたからである。

コロナ禍ということもあり、皆、おひとりさまでの来場。指示されずとも、間隔を開けて席を取っていた。そして、目の前を通った人に気づいた時…
「今の矢田部さんだよね?!」と信じられないような気持ちになり、誰かに確かめたい、
でもひとりで来てるし隣の人の席は遠いし誰にも確認することができなくて、
じゃんがじゃんが的にとりあえず座るしかない、と4人とも思っていた…たぶん…



矢田部吉彦さんは東京国際映画祭の元プログラミングディレクターである。

今年の3月末に退任されたが、それまで映画祭で上映する作品選定の他、映画の紹介や解説等で活躍されていたお方だ。長年に渡り顔出し実名で活動されておられるが、それほど映画に興味のない人や、映画好きと言っても普段の鑑賞がVOD中心だったりすると、知らない人もいるかもしれない。

つまり、矢田部さんにひと目で気づく人、というのは ”相当の映画好きで映画祭等にも足を運ぶタイプの人” だと思われる。これから自分が観る映画を、まさか矢田部さんも一緒にご覧になるなんて!と思うと実に感慨深い。だが、感慨深さを感じていたのは自分だけではなく、同じ列の4人がそれぞれ、静かに感動しているように思えた。

だから、ナマ矢田部さんを拝めたのはもちろん感動なのだけど、それと同じくらい「映画ファンとの会話のない友情」が感じられたことに、胸が高鳴った。


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趣味は映画鑑賞です、と言う人は結構多い。

でも、趣味の範囲、というのは予想以上に幅がある。1年に1、2度 金曜ロードショーを観るくらいだけど、めっちゃ映画が好き!と言う人もいれば、毎日のようにTwitterに紹介文を書いているのに腰の低い人もいらっしゃる。

邦画しか観ない人もいれば、珍しい国の映画にやたらとこだわる人も…。
長文のブログで紹介・感想・深読み等の執筆している人が偉いかと言えばそうとも言い切れず、何も書いていない人が何もわかっていないとも言えない。

映画ファンと言っても本当に色んな人がいて、映画業界で働いている人以外は、私を含めてほとんどの人がアマチュアで趣味の世界なのだから、何でもありなのだ。


とはいえ、私の周囲には映画好きと思うような人はほとんどいない。
映画が嫌いという訳ではないのだけれど、興味のある他のことに忙しくしていて、映画に触れる機会が少ない(もしくは減った)、という印象を受ける。

かと思うと、たまに、映画好き!と豪語している人に出会うことがある。
たくさんの作品に触れている人をスゴいなぁとは思うのだけど、クセの強い口調で作品を批判されることがあるから注意が必要だ。

好きな作品を酷評されると、自分を否定されたような気持ちになり、傷ついてしまう。
捉え方や考え方の違いでぶつかるとめんどくさいので、私はリアルでは映画ファンであることをあまり口にしない。

同じくらいの好き度合いの人とはなかなか出会えず、近年は単独行動が増えた。
以前は試写会に当たった時など、友人を誘っていたが、誘った人がこの映画をどう思うだろうとか気になって集中できなくなり、誘えなくなった。


映画の話をする仲間がいないのは寂しいけれど、数年に何度か、本当にたまにだけど、同じ気持ちの人と出会うことがある。


その気持ちを最初に感じたのは、以前、2本立ての映画を観に行った時だった。
長丁場になるからおにぎりを持っていき、1本目が終わったら食べようと思っていたら、同じ列に座っていた5人が一斉におにぎりを食べ始めたことがある。
(もちろん全員知らない人。示し合わせたかのように”おにぎり”だったのが笑える!)

2本目も観る気満々で、意気揚々とおにぎりを食べる私たち。そこに会話はない。
全員ポーカーフェイスだったけど、映画への想いの熱さを感じ、すごく嬉しかったのを覚えている…。

本当にたまになんだけど、SNSで自分と近い”映画愛”を感じることもある。
不用意な言葉で傷つけ合うのは避けたいから、どうしても言葉少なになってしまうのだが、気配で同じ気持ちを感じると胸が熱くなってくる。

数は少なくとも、同じ気持ちでいる人との出会いは嬉しい。
想いを共有できることに幸せを感じる。
言葉を口にすることはないけれど、勝手に友情を感じ、映画ファンで良かったな…と、しみじみするのだ。



 

遠く離れた右の人も、1席空けて左の人も、瞬時に矢田部さんに気がついた。

一方的な私の感覚であり、単なる思い込みかもしれない。
だけど、私は映画好きの人たちと同じ感覚を共有できたように思った。
会話のない友情が、そこにふわっと生まれたような気がして、私は感動した。

そして、少しマイナーな映画の鑑賞を、どっぷり楽しんだ。



エンドロールが流れ始めると、矢田部さんはそっと退出された。
全部観終わってからの退出だと人だかりができてしまうからだろう。私の列の人たちも、それを理解しているようで、全員、そっと矢田部さんを見送った(と思われる)。

思いがけない矢田部さんの登場で、映画ファンとの関係について思いを巡らせることとなった。映画を観ている時は集中して楽しんでいるけれど、それ以外の時は割とグズグズ思い悩むことが多い。だが、孤独なのは自分だけではなく、おそらく同じような想いで、映画を愛している人たちも存在しているのではないかと気づかされた。


派手な映画は大好きだけど、私は性格が地味で人づき合いが得意な方ではない。
同時上映会に参加するような積極性もなく、映画館で人に話しかけることもないだろうけれど、会話のない友情をきっとこれからも体験できるんじゃないかと期待している。

人見知りの映画ファンの皆さん、これからもよろしくお願いします。






はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」