マドレーヌ

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ちょうどこの作品を観た夜に、
「R30」という番組で 
夜回り先生こと水谷修先生の話を聞いた。

ご存知の方も多いと思うが、
水谷先生は薬物依存や
望まれない妊娠をしてしまった
10代の若者に、
救いの光を与えてらっしゃる方である。


援交をしたことを友達に打ち明けたところ、
「汚い、そばに来ないで。」と言われたり、
愛し合っていると信じていた彼氏が
妊娠を知った途端、
手のひらを返したように逃げちゃったり…
若者のココロはボロボロだ。

そんな時、見ず知らずの水谷先生に
助けて!と飛び込んで行ける子はまだいい。

でも、中には誰にも言えないと言う思いで、
自殺を考える子もいるかもしれない。
だから先生はTVに出ているのだろう。

でも、先生のところに寄せられる相談は
全てが深刻であり、誰もが一刻を争う。

だが、先生ひとりでは
もはや抱えきれない程多くの相談が
殺到しているとのこと。

…どうして水谷先生おひとりなのだろう。
子どもたちだけではなく、
この状況を大人たちこそが知る必要がある。


助けを求める相談の中には
絶望のあまり「死にたい」と
言う子が少なくないという。

番組で特に胸に刺さったのは 
「例え望んでいなかったとしても
できた子どもは産むべきだ」という
水谷先生の倫理観。

実際の相談者にも
そうアドバイスしているのだと言う。


水谷先生は起きてしまったことを
「どうして?!」と責めたり、叱ったりせず
(もちろんそうならないことが
一番望ましいのだが)
傷ついた子どもたちがその後、
どう生きていくかに
限りなく寄り添っているところがすごい。

もちろん、それを踏まえた倫理観である。
私なら中絶を考えたり、勧めると思うが、
長い人生の中で人工中絶という経験が
その人にどういう影響を与えるかまでは
考えていなかった。


『マドレーヌ』の直接のテーマは
中絶ではないのだが、
こういう状況になるとどうしても
女は弱者になるんだよなぁと
改めて思わざるを得なかった。

映画の後の水谷先生だったので、
結構胸がつまってしまった。


本作では さわやかな出会いがあったり、
チョ・インソンが
とても「いい人」だったりする。

でも、それは映画なのだ。
この世には美談ばかりではなく、
必ずしもいい人に出会えるという
可能性に満ちているわけではない。

だからこそ、「いい人」に出会えたなら 
感謝するべきなのだと改めて思う。


出会いに感謝し、いい人の真心に感謝し、
自分の浅はかさに気づき、
一歩一歩をまず確実に
歩んでいきたいものである。

「いい人」に出会えること自体が 
正に奇跡なのではないかと 
最近ではつくづく思う。


人を許し、受け入れ、愛し、側によりそう…
理想だし、自分もそうなりたい。

意外とそれは、簡単なことではない。
だけど、向かい合っていく必要はある。
私もこれからたくさんの「いい人」達に
めぐり合っていきたい、と思うから。


まさか本作の中に「失われた時を求めて」が
出てくるとは思わなかったが、
人は感覚によって思い出すことが
たくさんあるんだよなぁ…と
私自身も色々なことがよみがえって来た。


味、香り、音、季節、場所…
それらを通して思い出す“幸せ”な時間。

よかった、私にもある。


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