俺たちの明日

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「おじちゃんもいい子になる?」


『우리에게 내일은 없다(原題)』を
そのまま直訳すると 
「我々に明日はない」ということになる。

なので、日本公開以前に
この作品を知っていた人は
『俺たちに明日はない』というタイトルで
捉えている人もいるようである。

けれども、
今回のアートフィルムショーケースでは
「明日」を否定しないタイトルになっている。

タイトルはかなり大切だ。

ちなみに英語タイトルは
『BOYS OF TOMORROW』。
日本語タイトルをつけた人は 
どっちにするかを
とても悩んだのではないだろうか。

明るいとは言えないストーリーの流れから、
う〜ん、このままでは
「明日はない」になっちゃうなぁ…と
思っていたら、最後の最後、
子どもの言葉に救われた。 


おじちゃんもいい子になる? 
…子どもってなんてかわいいんだろう!!


最近、別の作品を観て、
「許しとは」
ということを考えさせられているのだが、
いくつかの作品をリンクして考えると 
人は「いい人」になりたいんだよな…と
思わざるを得ない。

よくわかってもらえなくてもいいから、
だとか 
よく思われなくてもいいから 
と我を通そうとすることが多い。

しかし、その裏側には、本当は認めてほしい、
共感してほしい、という気持ちが
隠されているのだと思う。

自分だけ納得のいくことができれば
それでいいようにも思うが、
やはりどんなに強がっても 
人は一人では生きられない。

誰かのまなざしがなくては生きていけない。
そのことをまざまざと感じさせられた。


本作に登場するアニキは 
私よりずっと素直な人で、 
「いい人になりたい」と言っていた。

いい人…。

いい人になりたいのは当然なことだ。
幼少期から悪い人になりたいと思う子どもは
いないだろう。
そして、知らず知らずのうちに
自分が人に好かれ、大事にされ、
居心地のよい場所でくつろぎたいと思っている。

いい人になれば(周囲にそう思ってもらえれば)
精神的に満たされるから 
よりいっそう周囲の人たちを大切にできるし
良い連鎖を生むことも期待される。

いい人そうな人が
全ていい人な訳ではないところが問題ではあるが。


アニキがどんなにイイヤツでも、
この弟君はきっと
あやまちを繰り返すような気がするね…
意地悪にもそう思っていたとき 
幼子の「いい子」発言でヤラレてしまった。


自分もいい子になる。
おじちゃんもいい子になって。
...その切実な願い。


バラバラな家族、
そして助けてしまった女の子を連れて 
どうやって生きていくのだろう。

それでも、無垢なまなざしに
思わず笑ってしまうとき、
「明日」があるように思うのだ。


いや、もしなくとも、
あると信じなければならないのだ。