愛するときに話すこと

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映画を観終わったとき、
いいタイトルだなぁ、と思った。
おそらく「愛してる」みたいなセリフは 
なかったように思う。
それでも 
ふたりの思いが胸にしみこんできてやまない作品だ。


10代まではともかく、
成人してからの自分人生は
自分の責任だと思う。

とにかくチャレンジし、
あたって砕ける20代。
でも、現実を知ったその後は、 
勢いだけではとても生きていけない。


こんなはずじゃなかったのになぁ…と
自分を嘆いたり、
惨めに思う時期が実は長くて、
ずっと自分なんて負け犬だと思っていた。

同年代の人たちは、
家庭があったり子供がいたり家を建てたり 
親を旅行に連れて行ったりしている。
未婚の人でも仕事でキャリアを積み、
それなりの地位になっている人もいるだろう。

…苦しかった。
でも、
苦しむ自分に真剣に向かい合ったからこそ、
韓国映画がこんなに心にしみるのだと 
ある日気づいた。


映画なんて、たかが映画。
フィクションの世界。
でも 私にとっては“されど映画”だったのだ。

全く同じ状況でなくとも、
悩み、苦しむ人たちの姿に自分を重ね、共感することが多い。



もし、私が子育て真っ最中の主婦で、
お姑さんやPTAの付き合いで忙しかったら…

もし、私がバリバリのキャリアウーマンで 
責任ある仕事を休みもなくこなしていたら…

映画に共感するどころか、
映画をスクリーンで観ること自体、
不可能だったに違いない。

それを思うと 
この負け犬貧乏ライフ(?)も 
完全否定はできかねる。

自分もそうだけど、
自分の悲惨な姿を人にさらすのは勇気がいる。
この映画に出てくる男女もそれぞれが、
「こんな自分なんて結婚など遠く、
恋愛どころではない」と
自分をあきらめてしまっている。

そんなふたりに
激しく感情移入しながらの鑑賞だった。


自分はこんな人間なのです。


ただ、生きているだけの姿。
それを表すだけのことが、難しかったふたり。

思い出や家族というキーワードは 
一般的にはいいものだろうけど、
この人たちにとってはそうとは言えない。

だが、悩み、迷い、
結局、真正面から向かい合っていく。
そして、
みんなの幸せを素直に考えて出した結論が 
自分の生き方だと気づいたとき…。


こんな私の生き方を 見ていてね。 
見ていてくれるよね?


言葉はないけれど、
そんなエピソードが重ねられていく。
相手への絶対の信頼感。
そして、
そんな相手の姿が嬉しいと思う瞬間こそが
「愛するとき」なのだと感じた。


例え、この二人が将来結婚してもしなくても、
これはハッピーエンドの何ものでもない!
そんな、希望に満ち溢れた 
すがすがしいラストが嬉しく、
とにかく号泣する私であった…。