サイコでも大丈夫

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「思いやり」は誰でも知っている言葉だが、
誰でも持っているものではない。


相手の気持ちを考えたり
その気持ちに寄添えるような
心のゆとりを持っている人は、
残念だが多いとは思えない。

しかし、困っているとき、
一人ではどうしようもない時、
とりあえず、私は誰かに話を聞いてもらう。
直接それが解決につながらなくても、
自分の気持ちに寄添ってもらえたことに
安心感を覚えるからだ。


日本での「同情」は
あまり良い意味合いに捉えられない言葉だが、
人間関係の中ではあったほうがいい感情だと
改めて思った。
「思いやり」ほど高度なことは求められなくとも、
「無関心」よりずっといい。


この作品では、
チョン・ジフンが相手の気持ちに寄添っていたことに
胸打たれた。
精神を病んでいる役どころだったが、
大事に思っている人の気持ちを理解し、
尊重しようとしているところがすごく良かった。

相手の世界に寄添い、
(ある種)ままごとに本気で付き合いながら、
相手をある行動に仕向けていく。


パク・チャヌク監督のこれまでの作風と違うこと、
チョン・ジフン(ピ/Rain)の起用などで話題となり
しかもサイコだ!と言われていたことから
作品自体に関心を寄せていたものの、鑑賞後、
実は私もある種のモノたりなさを感じたのは事実だった。


だが、監督が本作を通して何を伝えたかったのかを
ちょっと考えてみようと思った。
「よくわからなかった」、「残るものが何もなかった」
という感想を映画館で耳にしたとき、
ちょっと悲しいと思ったからだ。


皆にわかるものを作るのは難しいんだな。
それを成功(興行的に)させるのも…。


もうひとつ、思ったこと。
医師の存在…人として相手(患者)に気持ちを
寄添わせようとはせず、
自分の言葉でしか接していない彼ら。

それでも、
自分たちは一生懸命やっているというのだろう。
辛抱強く患者に接しているというのだろう。

正しいことをやっているという、自信。
…それが必ずしも正しいとは限らないということに 
彼らは気づいていない。


自分の世界を相手に押し付けるな!
自分の考えが必ずしも正しいとは思うな!
…というメッセージが込められているような気がして
「あ痛た…」と思ったのは私だけではないはずだ。


後で色々思い出すと、ちょっと深いかもしれない。
何回か繰り返して観たら、
もう少し奥深いメッセージにも 
たどりつけるかもしれない。


それにしても、チョン・ジフンが
あんなにヨーデルがお上手だとは!
もちろん、歌手としての活躍は知っていたけれど、
ちょっと驚きでした!


ヨ〜ロレイヒ、ヨロレイヒ〜♪