ホリディ

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もうすぐ北京オリンピック。

華やかな大会を目指すアスリート達の話題が 
テレビで流れない日はない。


日本人選手の活躍が楽しみであり、
世界中のアスリートが記録向上を目指していたり
国際交流、経済成長…
オリンピックには色々な目的やねらいがあり、
否定的に捉える人はあまりいないのではないかと思う。


私自身もオリンピックには良い印象しかない。
直接選手を知っているわけではないし、
北京に行って応援するわけでもないのに、
オリンピックと聞くだけでわくわくするような気分だ。


ところがである。
『ホリデイ』という韓国映画を観た時、
打ちのめされた。

華やかな、オリンピックの裏側で 
こんな壮絶な事実があったなんて…。


話はソウル五輪直前の韓国。

土地整備のために、
その地区に住んでいた住民が
国から立ち退きを命じられた。

決して豊かな暮らしをしていたとは言えない彼ら。
だが、お金には換えられない、
大切な思い出の土地、わが家…
戦ってでもこれまでの暮らしを守ろうとするところから映画が始まる。


戦った結果、抵抗する人間は殺された。
乱闘の末、多くの逮捕者が刑務所に連行され、
容赦ない制裁を加えられた。

しかも「痛み」は殴る蹴るといったことだけではなく、
精神的ダメージを狙うところがヒドい。


彼らが一体何をしたというのだろう。
のどかな、
これまで通りの暮らしをしたいと思っただけなのに。
なぜ、ここまでいたぶられなければならないんだろう…。


日本でも「噂の東京マガジン」というTV番組で
住民の苦情を元に
国や地方自治体にインタビューするコーナーがあるが、
たいていのお役人はシラーっとしていて 
自分には関係が無いといった顔をなさってらっしゃる。


その番組のコーナーを思い出しつつ、
ヒドい!ヒドい!と思いながらこの映画を観た。

この世には つくづく理不尽なことがあるものだ。


オリンピックのために土地を整備するのは
必要なことだとは思う。


しかし、その土地に住む住民の命を奪ってまでも
いつもの暮らしを奪ってまでも
抵抗する人を踏みにじってまでも
どうしてもしなきゃならないものなのだろうか?


先にも述べたように、
一般人にも楽しみや夢を与える大会であるということは
充分理解できるのだが、
だからといって犠牲者(しかも何もしていない)を
見殺しにして良いとはどうしても思えない。


本作はストーリーとしても色々練られていて
二転三転するが、結局、残念な結末となる。


ソウル五輪のときは、街を整備する為に 
多くのホームレスを
とりあえず刑務所に入れたのだという。

実際の話である。

彼らが何か犯罪を犯したからではなく、
そういう人がいると見栄えが悪いからという理由らしい。


…そんなことが
華やかなオリンピックの裏で行われていると思ったら
悲しくなってきた。

交流とか以前に、
自国のホームレスの人達や、乞食の子ども達を
なんとか暮らせるようにしてあげてほしい。

そういう人たちを刑務所にぶち込んでまでも
開催しなければならないのだろうか。


「国」って一部の上層階級だけのものではないだろう
と、つくづく思うのだ…。


無意味に
無差別に
人の幸せが奪われることがありませんように…
と、祈らずにはいられない。



追記:
最終的に、『ホリデイ』の彼らは
犯罪者(立てこもり犯)になってしまったのだが、
立てこもられた家の人たちが彼らに深い同情を寄せ、
その後、事実を語る運動をしていたという話を
ティーチインで興味深く聞いた。
社会的には被害者と言われてしまう人たちなのに、
「どうして立てこもらなければならないような
立場にたったのか?(犯人の心情)」
を考えてくれた人の心の温かさに 
ちょっとだけ救われる思いがした。 

〈2007シネマコリア上映作品〉