裸足のギボン

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上映後に
シン・ヒョンジュンを迎えてのティーチインがあり、
少し彼の人柄に触れることができ、嬉しく思った。


シン・ヒョンジュンといえば、
ドラマ「天国の階段」のテファ役で、
私にとっては最悪な第一印象。
(しつこい上にキモい!)

だが、その後映画で
  『家紋の危機』→面白い上にカッコいい 
  『フェイス』→クールな上にカッコいい
…と観る度に印象が変わり、
あー、この人実はすごく頭良くて
色んな役ができる人なんだろうなぁ、と思っていたのだ。


2年位前の「セクションTV」
(韓国のエンタメ情報バラエティ番組)で 
本作の撮影現場の取材をを見たことがあり、
そのインタビューでは結構ふざけていたから
彼の本心はわからなかったのだけど、
今回、直接話を聞くことができて
大変な収穫だったと思っている。


本人から聞かなかったら、
ただそういう役たっだんだ…としか
思わなかったと思う。

  
彼の今回の役は障がいをもった人の役で、
周りの人たちからはいいように使われ、
バカよばわりされている。

いつもへらへらと笑っていて、話し方も変だし、
おかしな癖もある。


シン・ヒョンジュンは今回、この役を「演ずるため」に、
実在の人物がいたにもかかわらず、
あえて会わずにどんなキャラクターにするかを
考えたのだそうだ。
(他の役者は障がい者を主人公にした作品の場合、
本人や同じ障がいをもった人と会ってから演じているケースが多い)


リアルにその障がいの状態を真似するのではなく
(伝えたいのはその姿ではないということ)、
主人公を観客に愛してもらえるような人物として、
ほほえましく見守って欲しいという想いから、
あえてキャラクターを作り上げたのだという。


話し方や歌い方などが面白可笑しく
笑いを取るようなキャラで、
私もついつい笑ってしまったが、
一方では障がいを笑いのネタにするのはいかがなものか、
という気持ちもあった。


だが、彼の深い配慮を知り、
障がいを深刻に受け止めるのだけが
良いというわけではないんだな…と
後からじわじわと感じ入った。

主人公が爽やかな可愛らしい存在として
私の胸に残ったのだから、
彼の思惑は大成功だったのだ。


また、観客に対して
「障がい者でも、
健常者以上に幸せな生活を送っている人が
いることを知って欲しい、
皆さんは日々の生活に不平不満はありませんか?
自分の日常を振り返って考えて欲しい」
というメッセージも。


そして
「映画を観終わってから、
お母さんに電話してみようかな?
と、思うような映画を作りたかった」とも。


シン・ヒョンジュンは映画が完成してから、
実在のギボンさんと実際にお会いし、
その後も交流を深めているという。

仕事だから、というだけでなく、
ギボンさんの愛を込めた生き方に感銘を受け、
深いメッセージを込めて本作を作成したということが、
短いティーチインだったけど伝わってきて、
素晴らしい俳優だなぁと感動した。


キボンとその母の物語だけでなく、
もうひとつ心に残ったのは村長とその息子の関係。

父の背中をずっと見ていた息子。
その視線を実は知っていた父。

互いが完璧な人格ではないからこそ、
助け合って生きていかなくてはならないんだよなぁ。
ちゃんと口が利けて話せる人たちこそ
話をしないものなんだよなぁ…としみじみ思ったのだった。

〈第20回TIFF コリアンシネマウィーク上映作品〉