優雅な世界

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父を思い出した。


父は物静かな人である。
疲れたとかつらいとか痛いとか嫌だとか、
考えてみると弱音を聞いたことがない。

そんなはずはないだろう、
多分聞いたこともあるんだろうけど、
ほとんど覚えていない。


口数が少ないからといって、
何も感じていないのではない。
口に出さなかっただけで、
父だって色々なことがあったんだろうと思う、本当は。


ずいぶん前だが、母から
「お父さん、仕事辞めたいと思ったことあるみたいよ」と
聞いたことがある。
もはや定年を過ぎているので、とっくの昔の話だ。
「でも、辞めようと思った瞬間、
家族のことを思い出してぐっとこらえたそうだよ」

私も色々なことがあって仕事を辞めたときに、
母に色々聞いてもらっていたときに
こんな話になったような気がする。

でも、自分のことだけで大変だったせいか、
「へぇー」と相づちをうって終わっていた。


そういえば、家族が大切だなんて聞いたことがない。
考えてみると
そんな歯の浮くようなことが言える人ではない。
でも、私の小さかった頃の写真を眺めながら
「この頃はかわいかったなぁ」と
つぶやいていたことがあったことを思い出した。

ソン・ガンホも同じように
映画の中で顔をほころばせていたからだ。


そういえば、部活の帰り道が暗いからといって 
迎えに来てくれていたっけ。
私の生徒手帳に初めて男子の写真を見つけたとき、
びっくりして母に報告していたこともあった。


そんなような小さなエピソードをいくつか思い出し、
口に出すことはなくてもちゃんと愛されて、
大事に育ててもらっていたのだと思ったら涙が出てきた。


父と離れて暮らしている今、私もまた
「優雅な世界」に生きているように見えることだろう。

好きなように、自由に過ごさせてくれて ありがとうね。
父の人生の中でも色んなことがあっただろう。
嫌なことも疲れることも。


でも、家族のために耐えてくれたことに感謝しなくては。
思春期の女子がだいたい通る道を私も通り、
「お父さんなんてウザい」と思っていた時期がある。

ヤクザではないけれど、お父さんが嫌いだったことが…。


でも、今は父の強さが好きだ。

〈第20回TIFF コリアンシネマウィーク上映作品〉